| ひたすら我慢で一ヶ月キタ━━(゚∀゚)━━!!!! |
2008-08-14 22:31:57 |
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どうもスナドリネコです( ゚Д゚)!!!!
一ヶ月キタ━━(゚∀゚)━━!!!!
気になる女性からの、ふとした一言で開始した脱タバコ生活。
小石に躓きそうになったり、坂道を転がり落ちたくなったりと・・・
まぁそれなりに色々ありながら、どうにかこうにか一ヶ月。
二コレット等の補助剤は一切使用しない。
ガムやら飴やらも食べない。
全力でひたすら我慢する。作戦名「日本男児の心意気」
この勢いに乗って、次は三ヶ月を目指すのです。
以下どうでもいい話。
実を言うと禁煙という行為は、過去に1度経験がある。
細かく洗い出せば、突発的に行ったものを含め5回ほどある。
いずれも確たる意志なく「どうせ吸うだろう」といった気持ちで開始し、毎度挫折に終わっていたわけだ。
大抵初日で自分に屈する自分を、どこか愉快に思いながら。
自分に負ける罪を楽しんだり、悦に浸ったりする。
ライターのシュポっという心地良い音を聞きながら「これは罪の音だ」と哂い。
自分の肺から吐き出された煙をぼんやり見上げ「ああ、これは罪の煙だ」などと詩的な表現で自らを惑わせたりしていたのだ。
以前にも書いたけれど、罪悪を感じるからこその快感ってものがある。
背徳の味にこそ酔いしれる。といったどうしようもないことがある。
ダイエット中の間食、浮気や不倫、他人の悪口。
見え辛い「倫理」の柵を飛び越えているとき、そこに解放感を得るというのは、良くある話だけど無視出来ない話。
例えば完璧に黒いものであれば、我々は簡単に飛び越すことはない。
しかし灰色だと案外簡単にそのラインを跨いでしまえる。
黄色なら走って渡ってしまえ。みたいなもので。
規範とやらの隅っこで、はみ出しながら手を振っている煙草って存在。
つまり、当たり前の話だけれど「禁煙」を行うのは自らの意志によって、自ら作り上げた規範の中で全うしなければならない。ということ。
友人にこんなことを言う人がおりました。
「全面的に法律で禁止になったら、煙草やめられるんだけどなぁ」
そりゃまぁ、うん。確かにその通りだとは思う。
そうだったら楽なのに。と思う禁煙者さんもおられよう。
自分でルールを決めて、それに従い完遂するというのは案外難しいことだ。
夏休みの宿題を、毎日これだけやろう。と決めていたのに、最終日間近で慌てふためいた人は多いと思う。勿論自分もそうだった。
だが、そろそろ宿題を計画通り終わらせても良いんじゃないか。
法律で「止めさせられる」前に。自らの力で「止める」のもありじゃないか。
誰に強制されるわけでもないこの禁煙っていう戦いを、自分で打ち立てた規範という道に沿ってゴールするのも格好良いんじゃなかろうか。
なんだかそこに「心意気」ってもんがあるんじゃないだろうか。
そんな風に思い至った次第。
うぅむ。なにやら取り留めの無い文章になってしまいましたが・・・
最後に寺山修司さんの言葉を、少しいじって〆させてもらいます。
「マッチ擦る つかの間海に霧深し 身捨つるほどの煙草はありや」
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